YOKOHAMA TRIENNALE 2011_Our Magic Hour
今回で4回めのトリエンナーレは、規模が大きい。というか会場が分散しているのでじっくり見てまわるにはとても一日では無理だった。だが2回目と3回目が期待はずれだっただけに、面白かった。初めて横浜美術館も会場になってボリュームアップしたという感じ。それでも一番印象的だったのは第1回め。こどもたちも十分に楽しめた。今年はずいぶん「大人のアート」的で、ところどころで、これだけダイナミックに展示しているなら、こどもたちも参加させてあげたらいいのに、とか、触らせてあげたらいいのにと感じる作品や場面があった。私には何が「アート」かわからないけれど、「こどもだからだめ」というのはなんだか残念に感じた。もっとお祭り的でいいと思うのだけど。。
横浜美術館前
美術館前のロンディノーネの立体作品のどれかは、誰かの顔に見えてくるから不思議。
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[2011/10/30 21:04 ] | 周辺情報
スティーブ・ジョブズの死について ~DTP業界の末端から~
http://www.apple.com/stevejobs/

Apple has lost a visionary and creative genius, and the world has lost an amazing human being.


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 オバマとかいう人が言っていたとおり、僕がスティーブ・ジョブズの訃報を初めて見たのはiMacのモニタからだった。僕は毎日Appleのパソコンの電源を入れて仕事を始め、Appleの電源を切って仕事を終える。かれこれ10年以上そんな生活を続けている。DTPを中心として仕事をしていて、Macintoshがまだベージュ色だったころから、漢字Talkとかいうものが入っていたころから使っている。ジョブズの作ったジョブで糊口をしのいでいるといっていい。
 だが、勘違いしないでほしい。僕は決してMacのエヴァンジェリストではないし、Appleに好感を持っているかといえば、はっきりいってどうだかわからない。囲い込みによる選択肢の少なさ、本体や周辺機器の高さ、爆弾、サッドマック、HDDの壊れるガシャーンという音、そんなところで遊ばなくてもいいから。「もし、WindowsでDTPができるのならば、とっくに移行するのに」。そんな話をよくしていたと思う。
 ただ、結局この小さな会社はAppleを使いつづけている。Windows移行のチャンスがないわけではなかった。OSXに移行するさいのことだ。この業界ではいろいろの環境や情勢から、長く旧OS9を使いつづけていて、それでももうそろそろ限界だというときに、乗り換えることもできたはずだ。だが、結局のところ、なにかネコっぽい名前のついたOSで仕事をしている。いずれ i なんとかとかいうOSになってしまって、指でモニタを弾くようになるかもしれないが。
 まあ、クラシック環境からOSXへ、がらりと見た目は変わってしまったといっても、MacはMacなのだし、今さらWindowsに行けないだろう、みたいなところはある。だいたいパソコンというものに触ったのが、仕事で必要なので触ったMacだった、という人もこの業界には少なくないだろうし、新たになにか覚えるのはたいへんなのだ。パソコンを終了させる場所が「特別」から「アップルマーク」に変わったくらいなら、なんとか対応もできるだろう。
 あと、これは昔の話になるのだが、事務用のWindows機の画面を見るに、文字がギザギザで汚く読みにくく、なにか設定が間違っているのだと思ったのだけれども、結局それが通常だと知って驚いたこともあった。Macintoshは文字がきれいに見える。UIの具合などはもうあまり差はなくなっていたかもしれないが、その点は多いに違ったし、その点は好きだった。スティーブ・ジョブズが中退した大学でカリグラフィをやっていたと知ったのは最近のことだ。全部ジョブズの掌の上だったか。
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 そして時代は移り変わり、気がつくとAppleは一部業界とおしゃれな趣味人のおしゃれパソコンメーカーではなくなり、世界最大のIT企業とかいうものになっていたので驚く。パソコン世界をリンゴマークで覆い尽くしたわけではなく、小さなミュージックプレイヤー、そしてもはや携帯電話とは言えない携帯端末、iPhone的ななにかといっていいスマートフォンによってだ。これはあっという間のことなので、まったくなんだかキツネにつままれたような気がする。世界中の人間が、Appleのクローズドさに文句を言ってる。おもしろい。まったく、Appleを追放されたジョブズが返り咲いて、咲きっぱなしになったみたいだった。ジョブズは世界一ドヤ顔していい感じだろうと思う。まあ、昔からしていたかもしれないが。
 そんなわけで、AppleがMacintoshというパソコンメーカーのままだったらありえないほどの大ニュースになったわけだ、LISMOの訃報……ではなく、ジョブズの訃報。そして、まったく自分でもびっくりしたが、けっこうショックだったのだ、思いのほか。シンボリルドルフの訃報と同じくらい悲しいといっていい。だからひさびさに会社のブログなど開いて、こんなものを書いている。キーストロークの短いかっこいいキーボードで。デスクの上にはiPhoneが転がっていて、iPhoneはほかのスマートフォンよりも画面が美しくスクロールする。悪くない。
 IT化、さらに広く言えば機械化というものが人間文明の大きな流れだろうし、ますますそれら技術によっていろいろのことは便利になり、高度なことが誰にでもできるようになっていくだろう。一方で、人間の手作業は失われ、人間の職もなくなっていくだろう。それは仕方ないことだろう。ただ、それに使われる端末が、いくらかなめらかで美しいものであるというのは、少しばかりのなぐさみになりはしないだろうか。滑らかなフォントの画面、スマートな製品のフォルム、要するにデザインされているもの。多くの人間がわりかしそっちがマシだと思ってAppleはここまで大きくなったのだし、ジョブズのあとに残された企業もそれを無視できまい。今後の機械はわりと滑らかで、わかりやすく、けっこうかっこいい。そう思いたい。その礎を築いたのはジョブズだということにしてもいいだろう。ああ、偉大なるビジョナリー、世界のデザイナー、今日くらいはこのくらい大仰な言葉を贈ろう、さらばスティーブ・ジョブズ、俺はプライベートで素敵なDELLのPC使ってるけどな!
[2011/10/07 10:39 ] | ニセ社長雑記 | トラックバック(0)
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